デイビッドホンダの本当のアメリカ不動産投資とは アメリカ 不動産投資
日本発上陸!デビッドホンダの本当のアメリカ不動産投資

 

アメリカ不動産投資の魅力デビッドホンダ プロフィール勝ち組不動産投資をプロデュースできる秘訣
どうしてデイビッドホンダ氏が日本人向けにプロジェクトを立ち上げたのか

 

本当の投資話は大富豪や有名人、著名人、政治家などごく一部の人たちにしか入ってこなかったそうです。

 

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デイビッドホンダ氏の日本でのセミナーを撮影・編集し、今後皆様の素晴らしい情報源としてお役に立てれば幸いです。
アメリカ不動産投資の魅力を読んでいただく前に、そもそも本当の投資話というのは、一部の大富豪や有名人、著名人、政治家など、ごく一部の人たちにしか入ってこないのです。私達一般人には入ってきません。そういった方達の投資した後に回ってくるのであり、その時点ではすでに小さい市場であり、その中で収益を上げようと必死になっているのです。


アメリカ不動産投資の魅力

アメリカで不動産投資をする利点は数多くありますが、専門家があげる主な利点は、下記のようなものです。

1、アメリカ合衆国は、人口が継続的に増え続けている唯一の先進国である。そのため、不動産価格も
  堅調に伸びていくと考えられる。

2、不動産売買のシステムが整備されており、安心して投資できる。エスクロー、タイトルなど、チェックポイント
   が整っており、また不動産取引にかかわる業者への行政の管理も厳しいので、これらのシステ ムを通し
   て取引する限り、まず詐欺に合うということはない。

3、誰でも投資できる環境が整っている。外国人でも30%の頭金でローンが組めるし、1031エクスチェ
  ンジという、買い替えによる税の優遇も受けられる。また、その他の各種の税制の恩典も、ビザ有無に
  かかわらず享受することができる。

4、データが整備されており、誰でもそのデータにアクセスできる。

▽アメリカ独自の制度

エスクロー制度

「エスクロー」とは物件の売主と買主が同意した契約に従って、その物件の名義登録までの手続きを第三者の立場で代行する会社、またはプロセスのことです。これにより公正に取引が行われます。

タイトル・インシュアランス(名義保険制度)
不動産の売買に関わるリスクをカバーするための保険で、アメリカで不動産を買う時、これに加入することは常識になっています。

▽アメリカ不動産と日本不動産、評価額に大きな違い
日本の不動産投資では、年配当を狙う投資がほとんどです。これは日本の不動産の資産価値が減少するのが前提で、通常建物部分の評価額は、20年でゼロになってしまいます。中古物件の評価は極めて低く、売却益(キャピタルゲイン)は見込めないからです。しかし、アメリカでは保有年数に応じて価格が上昇するため、キャピタルゲインの方が、通常大きくなります。テナントの入れ替え、改装、リモデルなど手を加えることで、投資額の数倍もの利益が見込める場合もあります。 収益物件では賃料の総収入が物件の価値に反映しますので中古でも価値が下がることなく、むしろ賃料収入が増加することにより価値は大きく上昇し、それに伴う資産価値の増加により、大きな売却益が生まれます。

▽米国では住宅が資産価値として重視されている
アメリカ人は日本人ほど貯蓄性向が高くありません。そのためおおくのアメリカ人にとって自宅が所有資産の大部分を占めています。通常、アメリカでは不動産を保有すればするほど、資産価値があがっていき、含み資産を殖やすことが出来るのです。、

アメリカの不動産投資には大きな税法上、そして法律上のメリットがあります。不動産の建物部分の価値が、何年経っても日本の様にゼロになる事はなく維持できるシステムであり、インスペクション制度、エスクロー制度、そしてタイトルインシュランス制度などで不動産投資が守られている点が日本との大きな違いです。

 


ところでこのアメリカ不動産投資家のデビッドホンダ氏ってご存知ですか。

日本の方は一部の大富豪や有名人、政治家しか知らないと思いますが、このデイビッドホンダ氏はアメリカカリフォルニアではかなり有名な方なのです。

● 経 歴

デビッドホンダ氏のメッセージです。

ではここでデビッドホンダ氏の経歴をご紹介します。
DAVID HONDA(デビッドホンダ)氏は、1951年、アメリカ生まれの日系3世。
彼が育った環境は現在のように親日的ではなく、当時のアメリカは反日的で、戦争時に両親が日本人収容所に収容されたこともあり、日本語教育も受けられる環境ではなかった。そういう幼少時代を経験し、自らの足でアメリカ社会で生きる方法を一から学んだそうです。



DAVID氏のモットーに、「情報と分析、学習と努力」がある。名門のカリフォルニア州立ノースリッジ大学を不動産関係の仕事で学費を稼ぎながら、苦学の末卒業。

1973年、西ロサンゼルスのSLS Environetics社入社。実力が認められ、高層オフィスビルのプランナーを任される。技術製図などのエンジニア的な分野で、頭角を現し、高層ビル建設、インテリアデザイン、と幅広い分野で実力を発揮。

1976年、25歳の若さで、ビバリーヒルズの名誉あるInnovax コンストラクションの副社長に抜擢される。常に「情報と分析」を心がけ、日本人的に冷静にコツコツと努力を行う気質は、特に精度を求められる医療分野で重宝され、主要な病院の内装施工の第一人者となる。

同年、Spacemaker Inc.をパートナーと共同設立。自らCEOとなる。ここで現在のカルティエなど、ビバリーヒルズの原型となる、ロデオドライブの主要な店舗の内装に携わる。

美的なセンスを持ちながら、技術的に優れた総合的知識と経験を持つDAVID氏は、引く手あまたの存在となる。ハンティントン市のSheratonホテルなど名門のホテルの内装工事を任され、大きな成果を挙げる。

1980年、ホンダ建設設立。ロサンゼルスオリンピックプロジェクトに携わり、主要建設物の建立を行うなど、歴史的にも名を残す存在となる。この頃、ロサンゼルスの商業の発展で商業ビルの建設が盛んとなる。

特に内装工事においては、当時彼の名を知らないものはいない程評判が高かったため、ロサンゼルスのダウンタウンからサンタモニカまでのWilshire通りの、主要商業ビルの大部分の内装、プランナーを請け負うに至る。あの有名なロサンゼルス、ダウンタウンのWorld Trade Centerの内装なども行う。

パサデナ市のRitz-Carlton ホテル、 センチュリーシティーの高級ホテルCentury Plaza Hotel、 映画館とショッピングセンターを総合的に兼ね備えた複合的なエンターテイメント空間、 ABC Entertainmentビル、Nestle社の拠点、Nestleビル、OJシンプソンの事件で有名なJohnny Cohranの弁護士事務所、IT ブームで急成長したTRW社本社ビルなど、彼の作品は数え切れない。

同時期に、ウェスタン・ユナイテッド・ナショナル銀行の創設者の一人となる。主要商業ビルの建設、彼の甚大な信頼とネットワークが功をなして大きな成果を挙げ、1985年 副社長に就任する。

1985年 バンナイス市発展のためにHonda Financial Centerを設立。このビルがロサンゼルス郡政府から、収容力を受賞する。当時のロサンゼルス市長Tom Bradleyが来館して賞賛を称える。それ以降、このビルがこの地域のオフィスの外観、内装の基本となっている。その功績により、商工会議所より、地域最高賞を贈られる。

この頃から、政治活動をさかんにはじめ、1990年にはサンフェルナンドバレー商工会議所の会長に就任する。以降、サンフェルナンドバレーの経済発展に大きな役割を果たす。

1991年 バブル崩壊。多くの不動産会社、建設会社、銀行が次々倒産する中で、兼ねてから人より信頼の厚いDAVID氏は、その信頼と人脈でその不況を乗り切る。

1994年 ノースリッジの大地震で本拠地サンフェルナンドバレーが大きな打撃を受ける。DAVID氏所有のビルが地震で倒壊。大きな財産を失い、苦境に直面する。しかし、持ち前の明るさと周りからの信頼により、サンフェルナンドバレー再建に立ちはだかる。再建の第一人者となり、大いに社会貢献を果たす。

その活動は、ロサンゼルス再建役員会理事に就任、サンフェルナンドバレー経済連合会を自ら設立、副議長に就任するなど、名実ともに名高い。1996年には大統領の指名により、カリフォルニア中小企業代表に就任する結果となり、更なる政治活動への足がかりとなる。

2002年、長年の社会貢献と実力が認められ、ロサンゼルス市長任命により、ロサンゼルス都市計画局長に任命される。地震からの再建により、地域社会からの信頼が厚く、技術的、美術的、な多分野で知識と経験を持ったDAVID氏は、綿密に、且つコミュニティの発展を目指した都市計画を遂行し、ロサンゼルスの経済発展の主要な役割を果たす。

そして現在、今までの数々の功績により、2007年にはカリフォルニア州、アーノルドシュワルツネッガー知事の任命により、カリフォルニア農学協会の会長に就任するまでに至る。

社会貢献にも数々携わり、彼のモットーである「情報と分析、学習と努力」の理念を元に、母校の名門校、カリフォルニア州ノースリッジ大学で教授として新たな世代にDAVID氏の不動産知識と経験を新たな世代に伝授する。また自分学生の頃の様に苦学時代を送る学生に学習の機会を与えたいという気持ちから、基金を設立し、自ら献金活動を行い社会貢献をしている。

現在はアメリカ国内のみならず、ベトナムなどのアジア諸国、グアム開発プロジェクトなど、政府からの要請を次々と受けている・・・

彼の知識とバイタリティーは下記の地域市民団体に貢献しました。
▽テレビ出演
FNN“アメリカ新企業家” 1991”AMERICAN DREAM” 2006〜2007
KING VIDEO “サンフェルナンドバレー経済傾向 1992
PAPALLAX VIEN“UP CLOSE and personal” 1994

▽ラジオ出演
KGIL局“バレーの経済”  1990
ワーレン ロルニー“Which way LA” 1993
KLLS FM ”LA speaks out” 運動部用地カリフォルニア州立大学ノースリッジ校所属

▽所属 
市議員 Joel Wachsより任命、サンフェルナンドバレー交通委員会 1998

▽ 各種委員会
ヴンチュラ郡地方検事 マイクブラッドベリー氏より任命、老人暴力被害委員会  1998 
学長ヴレンダウィルソン氏より任命カリフォルニア州立大学ノースリッジ校運動候補地委員会 1998
ロスアンゼルス市長リチャードリョーダン氏より任命
身体障害者建築基準委員会会長 1999-2001
州知事ピートウィルソン氏より任命 
51地区農学協会 副会長 1999-2001
州知事グレイデイヴス氏より任命  2002-2006 同会長 
州知事アーノルド・シュワルツネガー氏より再任命  2006-現在 同会長 
学長S,T,MAU氏より任命 
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校2006年度建築運営会議長 
ロスアンゼルス市長ジェイムズハーン氏より任命
ロスアンゼルス市北バレー地区計画委員会議長
ジェネラクコントラクターでもあるDAVID HONDA氏は州政府コントラクターと 免許公認委員会の工業関係検査官でもある。

●DAVID HONDA 政治家,経済活動 経歴
2002-09 ロサンゼルス ノースリッジ都市計画局長
2000-02 カリフォルニア大学ノースリッジ校基金設立議長
2000-01 ロサンゼルスアジアビジネス協会会長
1998-02 ロサンゼルスGLAD 議長
1998-01 アメリテル会社の役員会理事
1997-01 ピープルズバンクオブカリフォルニア役員会理事
1997-05 サンフェルナンドバレーフェアー局長
1996 大統領の指名により、カリフォルニア中小企業代表
1995 バレー病院基金議長(現在のノースリッジ病院)
1995 サンフェルナンドバレーユニティーコアリション議長
1995-96 サンフェルナンドバレー経済連合会の設立者、副議長
1994-95 ロスアンゼルス再建役員会理事
1993-99 カリフォルニア州立上院議員指名により防罪最高裁長官
1993-02 ロサンゼルス市身体障害者用建築基準委員会会長
1993-94 上院議員ロベルティより任命 アシアパシフィック委員会長官
1993-94 ロータリークラブバンナイス支部長
1993-94 サンフェルナンドバレーユニティコアリション政府担当議長
1993-99 サンフェルナンドバレー経済開発センター議長
1992-94 中小企業アドバイザリー委員会議長
1992-94 赤十字サンフェルナンド支部管財人
1992 米国ハートアソシエイションサンフェルナンドバレー支部副議長
1992 サンフェルナンドバレーのフェルナンド賞会長
1991-92 ティエラデルソル基金(自閉症、脳性麻痺、精神障害)会長
1993-94 ユナイテッドウェイ北ロスアンゼルス郡委員
1993-94 バレー病院基金副議長
1992 青少年ニューディレクション会の委員
1992 ユナイテッド商工会議所会長
1992 米国赤十字スペシャルギフト運動議長
1990-92 バレー経済開発センター会長
1990-91 ミッドサンフェルナンドバレー商工会議所会長
1990-91 バンナイス市地域開発公団社長
1991 バンナイスロータリークラブ副会長
1991 メンデンホールメモリアルリーダーシップ賞受賞
1989-94 米国ボーイスカウト西部地区委員
1989 米国ガールスカウト委員
1989-92 バレープレスビティリアン病院基金委員
1988-89 ミッドバレーYMCA基金会議議長、YMCA委員
1989 米国商工会議所副会長、政府担当副会長
1989 バンナイス商工会議所
1988 バンナイスロータリークラブ職業所長
1988 小企業賞下院議員リチャードカズから受賞
1989 日本庭園委員会ロスアンゼルス市長ブラッドレー氏より指名
1989 ホーリークロス病院協会員
1989 ゲイリーパルマへ麻薬矯正所相談顧問
1985 ウェスタンユナイテッドナショナル銀行副社長
1984 カリフォルニア州中小企業会議副議長
1980 ウェスタンユナイテッドナショナル銀行創設者
1980 ブリッジフオーカス会委員

【デビッドホンダ氏の関連情報です】

▽DAVID HONDA(デビッドホンダ)氏がカリフォルニア州でアジア協会会長をされた時にカリフォルニア州の本にも載ったプロフィール
http://www.aba-la.org/about_aba_president.asp?id=3

▽DAVID HONDA(デビッドホンダ)氏のプロフィールがアメリカに登録されています
http://www.zoominfo.com/Search/PersonDetail.aspx?PersonID=73345438&QueryID=bc2ce565-41e5-48bc-86df-0325a4dbf087

▽DAVID HONDA(デビッドホンダ)氏のプロジェクトの一つでもある、ヴァージンアイランドの政府の依頼を受けてのプロジェクト。政府からDAVID HONDA(デビッドホンダ)氏の紹介文が書かれています
http://www.islandbusinessopportunities.com/past_events/2006missions/2006_vi_mission_program.pdf

▽DAVID HONDA(デビッドホンダ)氏のカリフォルニア州政府の仕事の一つです
http://www.sfvalleyfair.org/bod/members07.html

▽2001年にロサンゼルス知事から、コミッショナーに任命された事に関する記事
http://www.vhoa.org/documents/20011128_hahn.htm

▽カリフォルニア大学ノースリッジ校に基金設立された時のニュース
http://www.csun.edu/pubrels/press_releases/spring06/honda.html

 

★ 全国賃貸新聞社主催の「賃貸住宅フェア」に講師として招かれ、「利回り40%以上の米国不動産投資法」の講演は大盛況でした!!

2007/09 にインテックス大阪で賃貸住宅フェアに講師として招かれ、「利回り40%以上のアメリカ不動産投資法」の講演を開かれました。予想以上の観客がデイビッドホンダ氏の講義を聞いていました。
また、当日大阪市の職員の方も同席されていました。今回の来日の一つは大阪市の再開発に伴い、デイビッドホンダ氏のアドバイスを大阪市が求めていたものです。デイビッドホンダ氏の拠点であるサンフランシスコと大阪市は姉妹都市であるということで、こういったことが実現しました。


 

勝ち組不動産投資をプロデュースできる秘訣

▽Exit Strategy-“出口戦略”
投資の基本は分析とネットワーキングだと常に考えています。そして、投資物件を選択する際、常に 「出口が見えた投資」 を念頭におきます。つまり、買った時点で、既に売れている。売り主が決まっている。売れる目処がたっている投資ということです。通常、購入後の値上がりを待ってから売却するという、マーケットの上昇、変化を待つのではなく、現在のマーケットで比較的短期間に売り抜ける方法をとっていることがポイントです。

▽Highest & Best Use “最大限の効果を上げる使い道”
全ての投資を考える時は、 Highest & Best Use (その土地が最大限の効果を上げる使い道) が基本になります。この土地にとって、最大限の効果をあげる使い道をまず考える、という意味です。例えば、住宅が密集している地域で空き地があり、住宅として最も適していると判断すれば、そこに住宅を建てることが、その土地の Highest & Best Use(その土地が最大限の効果を上げる使い道) であるわけです。

▽Construction is the Key “建設は投資成功への鍵なり“
建設、施工、エンジニアリングの経験技術を背景にもつ、DAVID氏の不動産投資への判断力は的確で、これは投資プロジェクトを計画、進行する上で計り知れないメリットになるのです。
全ての投資を考える時は、 Highest & Best Use(その土地が最大限の効果を上げる使い道) が基本になります。それには常に“建設”が関連します。そこで、不動産投資家が壁にぶちあたるのは、常に “建設” なのです。投資家にとっても、ディベロッパーにとっても、建設は大きなミステリーであり、リスクであるのです。まずは、知識がないことで判断がつかない、判断を誤る、予期せぬことが起こり、一つ間違えると全てを失ってしまうこともあるのです。知らなかったでは遅いのです。不動産投資家は5万といますが、その殆どが建設のことを知らない人たちです。DAVID氏はプロジェクトを見た時点で利益を上げるかどうかの判断が出来ることが大きな利点です。

▽Zoning change & Variance 用途地域変更 、その他変更申請
DAVID氏は長年の実務より、その知識、経験により、通常のままでは建築出来ないものを建設出来るように変更すること、また、階層制限のあるところを高層が建設出来るように認可を受けることにより、収容率を大きく上昇させることが可能です。これを、 Zoning Change(用途地域変更) 、Variance(区画変更)と言います。例えば、住居地域には通常、ショッピングセンターなどの商業物件を建設することは出来ませんが、用途を商業地域に変更してショッピング・センターを建てるなど、通常は行えない用途地域の変更まで行うことが出来ることにより、物件の価値を大幅に上昇させることが出来るのです。

▽Engineering Background -エンジニアリングの背景
例えば、アメリカには広大な土地があります。この土地でも、どこでも買えば儲かるというわけではありません。素人判断で、郊外の安い土地を買ったものの、下水、電気などの公共サービスが全く通っておらず、それを通すのに5百万ドルかかるということを知らなかった。というのでは、元も子もありません。正しい投資判断にはエンジニアリングの知識は必須なのです。

▽Political Factors - 政治的要素をしること
不動産投資において、政治的要因を知る事は非常に重要です。前もってその土地に高速道路建設が計画されている、地下鉄が通る計画がある、おおきな政府関連開発が行われる、などという要素はその土地の価格に大きな影響を与えるだけではなく、それに付随するインフラの必要性を喚起することにより、大きなビジネスチャンスが生まれるのです。

 

どうしてデイビッドホンダ氏が日本人向けにプロジェクトを立ち上げたのか

デビッドホンダ氏の投資は本来一般の投資家とパートナーを組む方法ではなく、大手ホテルチェーンや大企業、大富豪とパートナーシップを組んで事業を展開していました。しかし皆見友紀子さんというアメリカ在住の投資家の熱心な誘いにより、本格的に日本でシンジケーション方式(小口化の投資)の投資をすることになりました。

アメリカ在住投資家 皆見友紀子さん

ここからは皆見友紀子さんのHPからの抜粋です。
皆見友紀子:私はDAVID HONDA氏に「日本人は小さい時からお金について語る事は下品な事の様な風習の中で育てられるため、頭脳明晰にも関わらず、投資についての知識は皆無同然です。そして世界に素晴らしい投資がある事を知る時間もない程勤勉に仕事に励まれるため、素晴らしい機会を逃がしている傾向にあります。そしてあり得ない投資詐欺にあう人もいます。DAVID HONDA氏の投資案件のような、購入時に既に銀行鑑定額よりかなり安い物件を仕入れ、出口が決まっていて、投資家にとって安全、且つ収益性があるプロジェクトを日本に広め、日本を変えるとは言わなくとも、こんな素晴らしい投資もあるのだと、特に一般の日本人の方に広めたいと思います」 まだまだ日本は官僚、大企業の国ですが、正しい投資を行う事で豊かになる道がある事を実感してもらえれば、必ずお客様はリピーターとして再投資して下さり、友人をご紹介もして下さると思います。まさに本当のWIN−WINシチュエーションになれると確信しております。
また、他の誰のプロジェクトでもなく、DAVID HONDA氏のプロジェクトを扱いたいかと言いますと、DAVID氏のプロジェクトならば、大富豪の方でも日本のファンド会社へでも、自信を持って勧められますし、何より大富豪の方々はご自身の弁護士、会計士をお持ちですので、DAVID HONDA氏について調査をされればされる程、どれだけDAVID HONDA氏に実力があるのかが一目瞭然になります。そして、DAVID氏に頼み込んだ時に「1人1ミリオンなら日本の人でもパートナとして一緒に投資してもいいよ」と言われたのですが、シンジケーションの投資方法だからこその素晴らしさ、そしてDAVID氏自身の祖先が日本人である事、その日本人は貯蓄があってもいい投資を知らない事、日本人に是非富を作るチャンスを与えて頂きたい事を伝え、細かい作業は私がするので、最低投資額を一口10万ドルにして下さい、と頼み込みました。 アメリカの不動産投資には大きな税法上、そして法律上のメリットがあります。不動産の建物部分の価値が、何年経っても日本の様にゼロになる事はなく維持できるシステムであり、インスペクション制度、エスクロー制度、そしてタイトルインシュランス制度などで不動産投資が守られている点が日本との大きな違いです。それを最大限に活かし、皆様の資産形成のお役に立てればと思います。

このようにしてデイビッドホンダ氏の日本人向けプロジェクトは発足されたのです。

ミスターディープロ 由里英樹
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